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本にまつわる話

捕物はいかがでせうか

2017/06/15

 

「捕物帳」と呼ばれる読み物が好きです。

捕物帳(とりものちょう)は江戸時代に活躍した岡っ引きや御用聞きなどを主人公にした時代物の犯罪推理小説です。

 

坂口安吾が言うには、

探偵小説の祖はポオだが、ドイルのホームズ探偵までは、推理小説の初期である。
ドイルまでの世界は今日の日本では、捕物帳に移植されている。
捕物帳には指紋や科学的な鑑識は現れないが、推理やトリックの手法はドイルで、ドイルは捕物帳の祖であり、推理小説よりも捕物帳的である。

 

そのとおりに、捕物帳には科学的なことは一切出てこず、たとえば「急に苦しんで死んだ」ときには、状況と遺体の状態から、毒殺か急な病気かを判断して、毒といえば石見銀山の鼠捕りかトリカブトか舶来の何かということになって、特定はしないまま話は進みます。

今日の犯罪推理小説よりも謎解きは随分単純で、だから半分江戸情緒を楽しむつもりで延々読んでいます。

 

江戸を堪能したいのなら、迷わず岡本綺堂の「半七捕物帳」をおすすめします。

物語の構成は以下の感じです。
各話とも読みきりの短編になっています。

明治時代、新聞記者の「わたし」が、江戸後期に岡っ引きとして数々の事件に関わった「半七老人」を訪ねて、その手柄話を聞きだすところから各話それぞれ始まります。

そして半七老人が江戸時代の難事件や怪事件をあらまし語ったところで、舞台は現在(明治)に戻り、軽く謎解きして物語は終わります。

推理物としては、いたって捕物帳的の緩さで、読者が本格的に謎解きを楽しむようにはできていません。

この作品を書いた岡本綺堂は明治4年生まれ。

徳川の名残の濃くのこる明治を生きた綺堂の作品は、まるで江戸に暮らして書いたかのように街並みや人びとの暮らしぶりの浮かぶ描写で、風俗考証の資料としても高い価値を持つといわれるのも納得の素晴らしさです。

 

豊かな登場人物と、すっきりした文体で面白く読みすすめられるのは野村胡堂の「銭形平次 捕物控」

江戸開府以来の腕であると評判の岡っ引「銭形平次」が、子分のガラッ八(がらっぱち)と数々の難事件を解決していくという物語です。

こちらも謎解きとしてはやや捕物帳的ではありますが、「半七」よりも本格的ですので、読みながら一緒に推理するとたのしいです。

しかしなんといっても、「銭形平次 捕物控」の魅力は、その登場人物にあるんです。

 

岡っ引きの平次は、事件の解決と犯人を捕まえるのが仕事ですが、仔細ある犯人に縄をかけるのが嫌でしかたない人情派。
犯人をみつけても、罪を犯した事情を汲んで逃がしたことは数え切れぬほどです。

そんな平次の心情をよく理解している与力の笹野新三郎(平次の上司みたいなもの)は、いつもうわべだけの小言で許してくれます。

…平次はそう言ってホロリとしました。人を縛るのが嫌で嫌でならなかったのです

 

また平次の子分のガラッ八、これも愉快な好人物で、平次との軽妙なやりとりも作品の魅力のひとつです。

 

いつも調子の良い返事をするガラツ八に平次があきれる場面。

「どこでどうしてなくしたか、よく本人に訊いてくれ」
「へエ、──」
「すぐ行くんだよ、八」
「お言葉だがね親分」
「なんだえ、急に坐り直したりなんかして」
「お言葉だが──ときたね親分、銭形平次親分の一の子分で鑑識に叶って現場へ二度も行ったこの八五郎が、それくらいのことを聴かずに帰るものでしょうか──てんだ」
「馬鹿だなア、鼻の頭を無闇に擦ると、そこが赤くなるよ。聴いて来たなら、なんだって言わないんだ」
「曝しの手には惜しかったよ、親分」
「呆れた野郎だ」
「青の三丁持だ、──ね、こういう種さ。・・・」

 

暇があれば鼻ばかり気にして弄っているガラツ八を平次がからかう場面。

ガラツ八の八五郎は、そんな事を言ひ乍ら、例の癖で自分の鼻ばかり氣にして居りました。
「大層な事を言ふぜ、八。先刻から見て居ると、指を順々に鼻の穴へ突つ込んで居るやうだが、拇指の番になつたら何うするだらうと、俺はハラハラして居るぜ」
錢形平次は、早春の日向縁に寢轉んだまゝ、斯んな無駄を言つて居ります。
「つまらねえ事を心配するんだね、親分」
「俺は苦勞性さ、その指を何處で拭くか、そんなつまらねえ事まで心配して居るんだよ。今晩あたりは、うけ合ひ、大きな鼻の穴の夢を見るよ。ウナされなきア宜いが」
「天下泰平だなァ」

 銭形平次は、全部で300話以上ある大作ですが、どれもすっきりしていて読みやすいので、ツイ続けて何話も読んでしまうくらい面白いです。

 

続いて紹介するのは、佐々木味津三の「右門捕物帖」です。

主人公は駈け出しの同心「むっつり右門」。

その名前の由来はこういうわけです。

あまり人聞きのよろしくないむっつり右門なぞと言うそんな潭名をつけられたかと言うに、実に彼が世にも稀らしい黙り屋であったからでした。全く珍しい程の黙り屋で、去年の八月に同心になってこの方いまだに只の一口も口を利かないと言うのですから、寧ろ唖の右門とでも言った方が至当な位でした。

むっつりでもキレ者と評判の右門が活躍する捕物帳ですが、怪談風味の強い事件が主になっています。

文体が少々野暮ったくて、主人公や子分の魅力に欠け、ともするとあんまり頭に入ってこなくなりますが、謎解き自体はわりとしっかりしていると思います。

菊池寛に見出された佐々木は、純文学作家として大成することを志していましたが、父親が遺した借金返済と、若くして亡くした兄の家族を養うため大衆小説に転向しました。

小説「旗本退屈男」「右門捕物帖」などが人気を博しましたが、昭和9年、喘息、神経痛などの病と急性肺炎で37才で亡くなりました。
今で言う過労死であったといわれています。

 

佐々木味津三と同様に、若くして亡くなった長谷川海太郎(明33~昭10)が林不忘名義で書いていた捕物帳に「早耳三次捕物聞書」「釘抜籐吉捕物覚書」があります。

どちらも現在では忘れられた感がありますが、その原因は両作品の登場人物に愛嬌が足りなかったからではないかと思っています。

捕物帳としては、ほかの作者の作品と比べても割りと筋がしっかりしていると思うんですが、とにかく主人公に可愛げがない。

「釘抜籐吉」は、荒っぽくてすぐに怒るしその上怠惰で、でも岡っ引きとしての腕は確かであるという設定ですが、ただそれだけなので、面白くないんです。

「早耳三次」の方は、綺堂の「半七捕物帖」同様に、江戸時代に岡っ引きとして活躍したという知り合いのお爺さんに、当時の手柄話を聞くという設定です。

人情抜きの捕物帳が読みたいなら、こちらの2作品がおすすめです。

 

もうひと作品ご紹介いたします。

坂口安吾の「明治開化 安吾捕物帖」

この作品の舞台は初期~中期の明治、世に言う鹿鳴館時代と呼ばれる頃ですので、上記の3作品とは趣が異なりますが、題名に捕物帳とあるのでそのように紹介します。

明治が舞台ですので主人公は岡っ引きではなくて、旗本の末孫で徳川家重臣を父に持つ洋行帰りのハイカラ男の結城新十郎。

そして新十郎宅の左隣に住む人気戯作者、花廼屋因果(はなのやいんが)と、剣術道場の師範で警視庁に雇われて巡査に剣術を教えている虎之助がいつも謎解きに参加します。

そこに勝海舟が加わりますが、実際には勝は自邸を一歩も出ずに、訪ねてきた虎之介に事件の講釈を聞かせるだけの役です。

この勝海舟がこの作品のおもしろい存在で、すっかり隠居している明治の勝は、ひんぱんに勝邸にやってきては事件のあらましを話す虎之助に、いつも間違った謎解きを伝えて、のちに真犯人が見つかると虎之助に負け惜しみを言ったり、ちょっとした名言めいたことを言ったりします。

 

「明治開化 安吾捕物帖」の魅力は、皮肉たくさんの安吾節の効いた文体と、事件の舞台となる設定のおもしろさにあると思います。

「血を見る真珠」「石の上」「覆面屋敷」「万引き一家」「時計館の秘密」など、実際に事が起こるまでの一連の物語が、これが推理小説だと忘れてしまうくらい殺人の謎よりも奇妙で引き込まれます。

一方で「え?終わったの?」というくらい謎を残したまま、あっさりと終了する話もありますが。

 

ちなみに勝海舟の登場する意義は、

海舟は毎々七分通り失敗することになっています・・・(略)
読んでいる方でも、自分の推理が当たらないと、トンマな探偵氏とおなじようなトンマに見えて自分がイヤになるのが通例ですが、海舟という明治きっての大頭脳が失敗するのですから、この捕物帳の読者は推理が狂っても、オレもマンザラではないなと一安心していただけるでしょう。


ということで、推理の外れた読者をなぐさめるために登場するようです。

 

なんてことをいうと、「明治開化 安吾捕物帖」は本格的な推理を楽しめる作品かと思われそうですが、安吾も「捕物帳のことですから決して厳密な推理小説ではありませんが、捕物帳としては特に推理に重点をおき(略)推理のタネはそろえておきますから、・・・」と書いていますように、気楽に推理しながら読むことをおすすめいたします。

ちなみにこの作品は「UN-GO」として舞台を近未来に改変したアニメになったそうです。

 

梅雨のなぐさめに、捕物帳を・・・。

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