灰汁を使って作るプリミティブな石けん(はじめに)
2017/03/02
3年ほど前に一度だけ、石けんを手作りしたことがあります。
友人に教わりながら、油脂はオリーブオイルのみ、アルカリ剤は苛性ソーダを使ってコールドプロセスで作ったと思います。
※コールドプロセス:石けんを作る際に熱を加えずに、反応熱だけで熟成させて作る方法。
言われるがままに作ったので配合や手順はあんまり記憶にありませんけれど・・・。
そのとき苛性ソーダを使うことに「?」と思ったんです。
何かもっと身近なものから作れないのかな、と。
そこで石けんの歴史、ずっと昔むかしの石けんはどのような材料を使って、どのような手順で作られていたのか、まずはそこから調べてみることにしました。
むかしの石けんに関する文書はとても少なくて、石けん作りの本には苛性ソーダを使ったレシピばかりが載っていました。
それでもいくつか見つけましたので、以下に列記してみます。
原始的な石けんは、どのように作られていたのでしょうか。
1、5000年ほど前、シュメール人が獣脂や植物油と灰を混ぜたものを煮込んで、どろどろとした粥状のものを作り、洗浄に使用していました。
2、紀元前1500年ころのエジプトのパピルスには、アルカリ塩と油を混ぜて作る石けんのレシピが書き残されています。
3、77年に完成した「博物誌」(大プリニウス)には、灰と獣脂で作る石けんをガリア人が発明したという記述があります。
4、18世紀末までの石けん作りについて触れた文書で現存するものに、1797年に書かれた70ページほどのフランス語の記録があります (rapport sur la fabrication des savons)
そこには、柔らかなカリウム石けんに食塩水を加えることで固くする方法(塩析)が紹介されていました。
また、文書の最後には自分で石けんを作りたい人向けのインストラクションが書かれているそうです。
5、1800年代後半のアメリカ、ケンタッキーにおける記録では、
「ストーブの草木灰から作った灰汁と、一年間貯めこんだ獣脂を大鍋に入れて火にかけ、何時間も混ぜながら煮込みます。
火からおろした鍋はひと晩そのままにしておきます。
翌日、上部の4インチは固くて白い石けんになっているので、小さく切っておきます。(略)
下部の2インチの明るい茶色部分は、ソフトソープと呼ばれ、それをボウルに入れて納屋などに置いて汚れ落としに使います。
ソフトソープの下、1/2インチくらいはグリセリンです。これはハンドローションとして使いました。」
6、600年ほど前、マルセイユなど地中海地方のソープメイカーは、オリーブオイルとバリラを燃やした灰(barilla、海辺に生えるオカヒジキの一種)と海水を大釜に入れて何日も火にかけて石けんを作っていました。
一方、北部の国々はオークなどの木が豊富だったので、草木灰と獣脂や魚脂から石けんを作っていました。
7、中東のアレッポ(シリア)でもオリーブオイルとソーダ灰をタンクで煮て石けんを作りました。
(そういえばアレッポで購入した石けんは、マルセイユ石けんとほぼ同じものに思えました)
少ない情報ですが、石けんの材料をまとめてみますと、
油脂は、獣脂、植物油。
アルカリ剤は、草木灰、オカヒジキ類の灰、塩(海水)。
材料を大鍋で数時間〜数日間煮込んだものを型に入れて冷まして製する。
ということがわかりました。
固い石けん、やわらかい石けん
石けんには、固形石けんと液体石けんがありますが、それは石けんを作るさいに使用するアルカリ剤の種類で決まります。
固い石けんを作るなら水酸化ナトリウム(苛性ソーダ)を、液体石けんを作るなら水酸化カリウム(苛性カリ)を使います。
そういったアルカリ剤が製品として存在しなかった時代の石けん、つまり上述の古い歴史の中で作られていた古典的な石けんにも、固形と液体の2種類がありました。
固い石けんを作っていたのは、地中海地方と中東のソープメイカーです。
他はどろどろとした液状石けんでした。
そのため固い石けんは高級品として取引されていました。
石けんが固くなるそのヒミツは、使っている灰にあります。
地中海地方のソープメイカーが使っていた灰にはナトリウムが豊富に含まれていました。
それは地中海沿岸で採れるバリラというオカヒジキ類の植物から作られた灰です。
バリラ以外にも、中東の草木やスコットランドのケルプ(海藻)など、ナトリウムが豊富な土壌で育つ植物からは、ナトリウムを抽出することができました。
一方の草木から採れる灰には、微量の炭酸カリウムが含まれています。
つまり、普通の草木灰からはやわらかい石けん(カリウム石けん)が作られるということになるのです。
そこで上述のフランスの書籍にもある通り、塩析という技法が使われるようなりました。
塩析を行うと、グリセリンなどの石けん以外の成分と純石けん分が分離し、より固い石けんになります。
(例:廃油石けんを白く仕上げる)
ナトリウム石けんでは上記のように純石けん分が析出されますが、しかし、カリウム石けんはといいますと、カリウムのその性質から塩析はうまくできないと言われますが、飽和食塩水を用いますとカリウムがナトリウムに置き換わり、固くなるとされています。
ところで、わたしの石けんづくりで考えているところは、
1、ストーブから出る灰を使いたい
2、苛性ソーダを使わない
3、身近な素材から作る
4、できれば固形
5、まじめな石けんを作りたい
でしたが、調べていくうちに、草木灰を使う時点で(4)は諦めることにしました。
やわらかい石けんができてしまう理由がわかったので、塩析をしてムリに固く仕上げようとせずに、はじめから液体石けんを目指すことにします。
さて、先人の技法に倣って草木灰から灰汁を作って石けんを作るつもりでしたが、ひとつ疑問が浮かんできました。
一般的に石けん作りのアルカリ剤として使用される水酸化ナトリウム(苛性ソーダ)や水酸化カリウム(苛性カリ)の加水分解(鹸化)の際の化学式をながめていましたら、じつに上手に反応しているんだなあと感心すると同時に、炭酸カリウム(灰汁)でもうまく反応するのか心配になったのです。
化学や数学的なものに対して完全に無能なわたしなので、たくさん調べてわかったところによりますと、
石けんのベースとなる油・・・オリーブ油や獣脂などの油脂(トリグリセライド)は、グリセリン(アルコール)と3つの分子の脂肪酸が結合(エステル化)したものです。
つまり、油脂はひとつの分子中に3つのエステル結合があるのです。
このエステル結合は、アルカリや酸で反応させますと、結合が切れて加水分解が進みます。
とくにアルカリを用いて加水分解したときには、脂肪酸塩が遊離します。
これが石けんです。
一般的に石けん作りに使われる強アルカリ、すなわち水酸化ナトリウム(苛性ソーダ)や水酸化カリウム(苛性カリ)の場合、油脂1個に対して水酸化カリウムないしナトリウムが3つ過不足なく反応して、グリセリンと脂肪酸塩(石けん)ができます。
この加水分解は、弱いアルカリではほとんど進みません。
炭酸カリウムはそこまで強いアルカリではないので、反応しないまま残ってしまう可能性が高くなるのです。
そこまで強くないとはいえ、人間からすれば強いアルカリには違いないので、もしもそんな石けんを使ったなら、肌は大変なことになってしまいます。
と、ここまではいいのですが、どうにもわからなかったのが・・・
水酸化ナトリウムは、NaOH
水酸化カリウムは、KOH
という化学式で表されますが、
炭酸カリウムは、K2CO3です。
OHが油脂と反応して加水分解が進むのだろうな、と化学反応式を見ていて判断したんですけれど、じゃあ化学式にOHを記号として含まないK2CO3を使って石けんを作ろうとした場合、どうなるの?ということです。
トリグリセライド + 3KOH → 石けん + グリセリン
となっている式の(3KOH)の代わりに (K2CO3)を入れたら、右側はどうなるの??ということがわからないのです。
トリグリセライド + K2CO3 → ???
ということです。
調べたり質問した結果、だいたいこういうことのようです。
炭酸カリウムは、水と反応して炭酸水素カリウム(KHCO3)と水酸化カリウム(KOH)になります。
K2CO3 + H2O <----> KHCO3 + KOH
溶液は弱アルカリ性(pH10-11)を示します。
溶液中にKOHが存在するとはいえ、その量はわずかなので、トリグリセライドとの反応はほとんど進みません。
ほとんど反応しないということは、つまり
トリグリセライド + K2CO3 → ??
という反応式は成立しないということなんだそうです。
さて、草木灰の灰汁を使って作る石けんのレシピで、コレだ!というレシピはないようでして。
うまくいかない例としてよく挙げられているのは、灰汁のアルカリ強度を得られない、いくら加熱して混ぜても固くならないということです。
(挑戦している人の多くは固形石けんを作りたいと考えているようでした)
固くならない理由は上述の通りですが、アルカリ強度についても、たとえば炭酸カリウムの飽和溶液でも、溶液中に存在する(OH-)が量的にpH11程度であることから、反応に適したアルカリ強度を得ることは難しいと思われます。
※アルカリ性の物質が水に溶けると(OH-)水酸化物イオンを放出します。この(OH-)イオンがたくさん存在する溶液はアルカリが強くなります。
ここまででわたしが理解したつもりのところでは、
炭酸カリウムは、単体としては石けんを作るためのアルカリ剤として適していない。
ということです。
そこで市販の液体石けんの成分表示を確認してみました。
水
脂肪酸カリウム(純石けん分)
炭酸カリウム(アルカリ剤)
水酸化カリウム(アルカリ剤)
エチルアルコール(溶剤)
グリセリン(湿潤剤)
香料
「しっとり液体せっけん」エスケー石けんより
あれ、炭酸カリウムと水酸化カリウムの両方が使われている!
調べてみますと炭酸カリウムは、できあがった石けん液をアルカリ性に保つために添加することがあるとのことです。
またアルコールは反応を促進するのに有効とのこと。
製品に使用される炭酸カリウムについてさらに調べてみましたら、こんな記述がありました。
「K2CO3は、実際のところ鹸化には役立ちません。
カーボネイトはとても弱いアルカリで、遊離脂肪酸だけを鹸化します。
(※自然の油脂にはトリグリセライドのほかに、わずかな遊離脂肪酸が含まれています。)
脂肪酸に含まれるエステル結合と、カーボネイトの反応はとても遅く、高温で2、3日温め続けてようやく少しだけ反応する程度です。
カーボネイトを加えることの意義は、硬水を軟化することで石けんの泡立ちを良くし、汚れを落とす環境を整えてくれることにあります。」
フムフム、炭酸カリウムにはこんな働きがあるんですねえ。
使える石けんを作るために
せっかく作るのですから、きちんと使える石けんにしたいと思いまして、草木灰からとれる炭酸カリウム(K2CO3)から水酸化カリウム(KOH)が作れないかと考えました。
ヒントは藍染についての
「草木灰と消石灰を混ぜて苛性カリ(水酸化カリウム)・・・」
という記述でした。
消石灰は、土壌改良に使われる農業資材でもありますし、また漆喰の材料でもあります。
より身近なところでは、食品の乾燥剤として小さな袋に入れられている「シケナイ」などの生石灰は、水を加えますと消石灰になります。
というわけで、草木灰(炭酸カリウム)を水酸化カリウムにしてから石けんを作ることにしました。