最期に贈る本|昭和初期の本の奥付けから
2016/10/21
(これは03/06/2016の「今日のニテヒ生活」の記事です)
前回からのつづきです
ところで現在ですけれども、「久坂玄瑞の妻」(田郷虎雄著)を読んでいます。
久坂玄瑞は高杉晋作とともに松下村塾の双璧と呼ばれ、幕末の尊皇攘夷運動の中心となった人物のひとりです。
蛤御門の変にて自害、そのとき玄瑞25歳。
妻の文子は、兄である吉田松陰の強い勧めもあって15で玄瑞の許へ嫁ぎ、22で夫に先立たれたことになります。
松下村塾の中谷正亮を介して松蔭の妹との縁談を持ち掛けられた玄瑞は、文子があまり好みの容姿ではないからと断りの返事をしたところ、中谷から「君は色で女性を選ぶのか」と窘められたという。
(ただし「久坂玄瑞の妻」においては、玄瑞・文子ともに初対面からお互いを憎からず想っており、また、縁談は文子の父から直接に切り出されたことになっています)
師と仰ぐ人物から末の妹を嫁にと勧められて断ろうとする玄瑞と、自分の妹を嫁にと勧める松蔭と、二人の関係性がおもしろく浮かんでくるようです。
取り繕うことなく意見を述べることのできる玄瑞。
玄瑞の才能を高く評価している松蔭。
この本は、そんな幕末の志士久坂玄瑞の妻であった文子の半生を綴ったものです。
2015年に大河ドラマになったとは露知らず、しかしこうしてテレビで取り上げられなかったならば、田郷虎雄のこの本は文庫化もされず、次第に忘れ去られたのだと思うと、一体この世にはどれほどの失われた本があることでしょう・・・。
さて、玄瑞も妻の文子も大河ドラマも知らなかったわたしがこの作品を選んだのは、一風変わった理由からでした。
縁あって訪れた古くも趣のある家の棚に、古書がひと山積んでありました。
もう処分するというそれらを手に取り、奥付を見ると昭和のはじめ、だいたい昭和18年頃のものが多く、どの表紙もそそる色柄をしていましたので了承を得、幾冊かいただいてきました。
その一冊の表紙を繰ると、小さな墨文字が読めました。
「贈 愛妻」で始まり、最後に辞世の句をしたためたもので、「従軍行 夫 ヨリ」とありますので、出兵の際に妻へと贈ったもののようです。
これから戦地へ向かうわけですから、無事に帰れる保証などありません。
今生の別れになるかもしれない、そんな状況のなか、生きていた自分のしるしに、また、後に残される妻への励ましにと選んだ一冊の本。
…未亡人は如何に生くべきかを考えてみたいことにあった。
その意味では文子の一生を、われわれにとって示唆に富む好適例だと私は見たのであった。
と、あとがきで著者の田郷虎雄が述べているとおり、第十二章では未亡人となった文子が「武士の妻」としてどのような心構えで自らを保っていたのかが描かれています。
この本を妻へと贈った「夫」は、きっとこの章を妻に読んで欲しかったのだと思いますし、自分も維新の志士のようにして行くのだと伝えたかったのだと思うのです。
その本「久坂玄瑞の妻」を今、読んでいるのでした。
写真では分かりづらいかと思いますが、こう書いてあります。
贈 愛妻 従軍行 夫 ヨリ
昭和十八年十二月十五日
於 福岡市 共進亭ホテル
我が家は ひとつ心に とけあひて
まことの道に あけくれたのし
(鉛筆書きで)
やがて妹弟、子らによみきかすべし