趣味 - 古道具、カメラなど

[一眼レフカメラ]カメラとの出会い

2016/08/25

《 15/09/12更新の記事に「加筆修正&写真の差し替え」をしました 》



「カメラ」と書くか「写真」と書くか、その段階で悩んでしまうレベルです。

差し当たり、「カメラ」としておきます。

僕が「カメラ」と言ったら"デジタル"カメラのことです。

銀塩写真は使い捨てカメラ止まりです。

デジタルカメラはパソコン普及の相乗効果により、一気に広まったように思います。

流行に敏感な友達や、姉などがこぞって購入していたのを覚えています。

僕はといいますと、流行るほどに天邪鬼になり、暫く興味のないふりをしていました。

当時の僕は、仮にカメラを買ったところで、何を撮って良いのか分からなかっただろうし、撮るべき価値のある対象を見ることが出来なかったと思います。

更には、記念写真以外の写真を撮る行為に気恥ずかしさすら感じていました。

何でもないものをさも価値があるようにみせるペテン行為のように思うこともありました。

それは、輪に入れないへそ曲がりの、"思想のない反発"若しくはただの"無理解、無教養"だったのかもしれません。

そんな僕が初めて買ったデジタルカメラは"コンデジ"(コンパクトデジタルカメラ)でした。

安いだけが取り柄の、不格好で大きくて、今見たら玩具のカメラだと思うかもしれません。

現代のスマホに付いているカメラよりも映像素子が小さかったのは間違いないでしょう。


天邪鬼だった僕が何故デジタルカメラに手を出したのか?


それは"旅"でした。

折角海外に行くのだから、記念写真が撮りたいと思ったのです。

使い捨てカメラでも良かったけど、(実際使い捨てカメラで済ませている旅人もいた。)デジタルカメラの方が経済的に有利だと思ったのです。

一度目の旅で撮った写真はいわゆる"記念写真"でしたが、撮ること自体の、また見返すことの"楽しさ"を知りました。

その時の僕の写真を見た人は、「肩肘張らず見易い、または、笑える」との評価でした。

二度目の旅では少し良いデジタルカメラを買いました。コンデジ以上、一眼レフ未満といったレベルの富士フィルムのやつ。

今度は撮ることに"夢中"になりました。良いと思える写真が撮れるなら多少の危険なんてどうでも良いと思えるくらいにのめり込んだように思います。

プロフェッショナルとアマチュアの違いを考えたこともなく、僕でも、もしや…などと苦労して撮った写真をみては自惚れたこともありました。

風景も撮ったけど、特に人間を沢山撮りました。

素人同士、写真を見せ合い刺激し合っているうちに、兎に角インパクトのある写真を撮りたいと思うようになりました。

少し野心家だったように思います。

三度目の旅では遂に一眼レフカメラを購入しました。今でも使っているCannonの「EOS10D」です。

フルサイズの一眼レフが欲しいと思うことはありますが、古いカメラだから駄目だと思ったことは一度もありません。

昔の人の写真に素晴らしい作品がなかったかといえば、そんなことは勿論ないからです。

一眼レフカメラさえ買えば、格段に良い写真が撮れるのだと信じていたので、頑張ってお金を貯めました。レンズも高かったです。

しかし一眼レフカメラを手にした僕を待っていたのは、プロとの"違い""難しさ"といったもので、ようやく"身の程"を知ることになったのです。

その後何度も、「EOS10D」を持って、海外に限らず色々なところに持っていき、写真を撮りましたが、一度目、二度目の旅のような興奮は薄れ、撮る度に、「才能が無いのかな?」「詳しい人に習ったことがないからかな?」などと落ち込むことが多くなり、今もその延長線上にいます。

これが世に言う"壁"というやつかもしれませんね。少し大袈裟かもしれませんが...

夏写真の前置きのつもりで書き出したら、思いの外長くなってしまいました。

"作品"と書くと気恥ずかしいですが後の見易さを考えて、この前置きは独立した記事としました。

「思い出話おわり。」

 

[夏写真へ]


eos10d

-趣味 - 古道具、カメラなど
-, ,