Journey

[2]イスラム国のアングラツアー|狂った仲間が見つかる街

2016/10/01

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[2]

疲弊した身体は、泉に浸かって安易に回復するTVゲームのようにはいかないけど、それでもシャワーを浴びるだけで呆気なく気概を取り戻した。

若い身体はかけがえのない財産だと気が付くには、もっと歳を重ね、体力の衰えを自覚してからでないと難しいのかもしれない。

フンザで僕にアングラツアーの話を持ちかけて来た男の名は「H」といった。

旅中、名前が「H」から始まる者とある程度深く繋がることが連続した。
それがあまりに続くので、迂闊にも「H」には不思議な縁を感じると少し寝ぼけたことを考えたりもした。

彼は自分の泊まる予定の宿名を言い残し、一足先にペシャワールへと下っていった。

彼と一緒に下らなかったのは、僕にはまだ登りたい山があったから。

旅で最も優先すべきは、行きたかったところへ行くことであり、やりたかったことをやることだった。

自己中心的で傲慢な連中ばかりのこの世界では、新たに構築する友人関係もインスタントで簡素なものとなるのかもしれない。もしくは良い距離感を保ち切磋琢磨出来る刺激となるのかもしれない。

どちらが正しいかなんて、とても今の僕には答えることが出来なかった。

分かったことがあるとすれば、僕らの生まれた日本という国では、長期の旅に出ることがもう殆どドロップアウトと同意語だということくらいだ。


「H」の泊まっている宿は、僕のチェックインした宿とは街の端と端というくらいに離れていたけど、バックパックを下ろし、ポケットにパキスタンルピーだけを入れた身軽な僕には調度良い散歩コースのようだった。

イスラム教という巨大な共通認識の中で、外国人の僕は異物でしかない。それでも排除されることなく、また、過度に干渉されることもないと分かると、気持ちは楽になっていった。

人々の脇をスルスルと、時には身体を縮めて、土の剥き出しとなっている乾燥した道を進んでいく。


太陽が傾き肌寒くなってきた。

初めての街を歩く僕の全身は、「目玉」「鼻」「舌」へと目まぐるしく変化を繰り返していた。

目前に現れる何もかもが新鮮に思え、息つく暇がないほどの情報が押し寄せる。思考を経由させず、感情や感覚レベルでペシャワールを捌くような目まぐるしさに夢中だった。

脳に焼き付いたイメージは、静止画だったり短い動画だったりしたけど、それは時間経過に負けないのかもしれない。

今でも埃っぽくて、そして時々の強烈な匂いを内包している。


道路の両脇に立ち並ぶ建造物。一階部分は小さな商店となっていることが多く、雑貨や機械パーツ、解体された動物などが渾然とぶら下がっていた。

絞められ生皮を剥がされて、ホワイトとピンクの霜降り模様になった物体の回りにはハエが飛び交っている。

店番の男は特別気にするでもなく、焦点の合わない目で中空を眺めていた。


要所要所で話し掛けやすそうな人を見つけ、「H」の泊まっている宿を確認してもらいながら進んだ。

辿り着いた先はコンクリート造の3階建てアパートのようなところで、宿の看板だけがペンキで真新しく塗り替えられていた。

薄暗い宿は、まるでスナックやパブが入っていそうな雰囲気だと思った。田舎特有の場末感と、頑張ったところでたかが知れているというような気怠さが透けて見えるようだった。


2階に部屋をとっていた「H」は目を見開き、驚いた表情で僕を迎えた。

彼は早くもシェア出来る仲間を見つけたようで、部屋は荷物で溢れていた。

ルームシェアの相手は、バイクでユーラシア大陸を横断中らしいのだけど、そのバイク男は何処かへ出掛けていていなかった。


彼の薄暗い部屋には入らず、外を歩きながら話すことにした。

「H」からアングラツアーの話を聞いた時、お互いが共通して感じた不安は、水先案内人の「初老の男」に出会えるかどうかという、一番最初の取っ掛かり部分だった。

何日掛かるか分からないけど、初老の男を見つけ出すためにこの街を虱潰しに歩くことになるのかもしれない。

詳しいことは夕飯の時にでも話すつもりだけど、まだ日が落ちるまでは時間があったから、僕らは少しでも街を歩いて初老の男を探してみることにした。

誰かれ構わずアングラツアーのことを聞いて回るのは止めておこう。

何もしなくても、外国人の僕らは目立っていた。慎重過ぎるくらいで丁度よいのかもしれない。

ちょっと突っ込んだ旅をするなら尚更、普段は良識のある無害な旅行者でいた方が賢明だし、これは最低限のマナーでもあると思った。

ただ、「H」の髪は金髪だったし、僕の髪も無精に伸び続け、もう肩にまで届きそうだった。


「H」には僕よりも数日早く街に到着したアドバンテージがあるし、この街のガイドブックも持っていた。

ガイドブックの地図を見ながら彼は、この街の地理や商店、飯屋に宿情報などを教えてくれた。

「初老の男」を探すにあたり、先ずは街にある大きめの交差点を、近いところから順番に回ることになった。

最終的には街中を虱潰しに歩き回るとしても、明らかに目立つそのやり方は最後の手段として取っておくことにした。

ひとつ目の交差点に向かう道中、「H」はこの数日でみたことを幾つか話してくれたのだが、特に一昨日の出来事に興味が湧いた。

それは、道路を歩いていた人々が、ある放送を合図に次々に座り込み、恐らくメッカの方向に向かって一斉にお祈りを始めたというのだ。

人通りの多かった舗装路は正座して祈る人々で埋まり、通り過ぎることも出来ないほどになる。

彼は次の日も同じ光景が見られるものと思い込み、同じ時間、同じ場所に向かったが、しばらく待っても変化はなく、その次の日も同様だったという。

僕は大きなイベントに遭遇するチャンスを逸したのかもしれない。

そして今になり、カメラをバックパックの中にしまったまま、持ってこなかったことに気がついた。


一つ目の交差点に辿り着く少し手前で、ある男に声を掛けられた。

ふくよかな初老の男は、白のシャルワール・カミーズを身にまとい、フンザで良く目にした、ウール素材の裾の丸まった帽子を被っていた。

彼は「ジャパニーズ?」と確認すると、単語を組み合わせたような英語で話しだした。


「トライバルエリアで銃を撃ってみたくないか?」


一呼吸置いた後、今話している男こそがアングラツアーの水先案内人であることを理解した。

歩き出してまだ数分しか経っていない。

前置きは余計だと結論を急ぐせっかちな神が操作をしているようだった。


不意を突かれたことで全身の毛穴が開いている。

一番の不安は難なく解消されたが、次の問題は費用のことだった。あまりに展開が早いので、僕らはまだ、お互いの懐事情について話し合うことをしていなかった。

べらぼうに吹っかけられる訳にはいかないけど、彼を不機嫌にさせてしまうような値切り方は出来ない。不機嫌にさせて内容がチープになるのも困るし、そもそも彼のサポートがなければこのツアーは成立しないのだから、良好な関係性を保っておく必要があった。


だが、彼が最初に提示してきた金額は拍子抜けのするものだった。

中東の情勢が悪化しているこの時期、彼のビジネスはうまくいっていないのかもしれない。僕らはディスカウントすることがマナーかのように、一応といった感じで多少の値引きを求めてみた。

最終的にはディスカウントにも応じてくれ、参加費用は日本円にして一人千円にも満たなかった。

しかし、彼からは予想もしていなかった課題を突き付けられてしまった。

それは、「最低でも8人、参加者を集めろ」というものだった。


僕と「H」と、まだ確認はしていないが、「バイク男」も参加するかもしれない。つまり、最低でもあと5人は、法の届かないエリアならではの、非合法を巡るツアーに参加したいという《物好き》を探さなくてはならなくなった。


僕と「H」は二手に分かれ、ペシャワールの安宿を回ることになった。

どんな奴を誘うかは各々に任すことになるのだけど、一つだけ決めたことがあった。


《女は誘うな》


男ばかりが目につくこの街において、外国人の女は観衆の視線を惹きやすい。

何より、ヤバいと思ったら全力で逃げ出さなくてはならない場面を想定すれば、女は足手まといなことが多そうだし、何かが起こってしまった時のリアクションも、恐らく男の時とは大分違うのだと思う。

出会ったばかりの女を庇って死ぬのも、変な罪悪感を植え付けられるのもゴメンだ。

水先案内人の爺さんの時と同じように、残り5人の《物好き》も直ぐに見つかることになった。

せっかちな神が取り憑いているという妄想が、信憑性を増していく。

余りの展開の速さは、漠然とした不安を生み出した。


「H」は日本人向けのガイドブックに掲載されている宿を数軒回ったという。それらの宿では、フンザで一緒になった連中も含め、日本人が身を寄せ合うようにして泊まっていたという。

日本人の男が、「世界一のもやしっ子」と呼ばれる理由は案外こんなところにもあるのかもしれない。ただ、この時期の中東の旅なのだから、情報を共有するためにも群れることは必要なのかもしれない。


水先案内人(以下:爺さん)のところへはその日のうちに向かい、アングラツアーの参加を決めてきた。

「明朝この場所で」と何でもないことのように約束を交わし、爺さんとは呆気無く別れた。


メンバーは僕と「H」「バイク男」の他に、

大学を休学して旅に出たという、坊主頭でヘラヘラと締りのない印象の「坊っちゃん」

あだ名の由来は、彼の祖母が資産家であるところにある。彼の人生設計では、大学卒業後に起業するらしいのだが、そのための資金は全て祖母が出すことになっているという。

新興宗教の信者のような、または秋葉原のラジオセンターにいそうな垢抜けない風体の「メガネくん」は、殆ど誰とも会話をしていない。

コンビニ前にたむろしていそうな、ヤンチャな印象の「ジャージ」は、意外にも緊張しているようで、先ほどからキョロキョロと落ち着かない。

残りは、フンザでも一緒になった中年の二人だ。

一人は金髪長髪の「元作詞家」。

彼は一生働かなくてもいいだけの金を持っているらしい。車はフェラーリに乗っていたともいった。誰にも言うなと言われたけど、既に僕の回りにいた連中全員がそのことを知っていた。

非常に我が強く、何かとリーダーシップをとりたがる性格だ。

最後の一人の中年は、背が低く小太りの「医者」。いつも誰かの後ろにくっついている印象しかない。今は「元作詞家」の後ろについている。

アングラツアーに参加するのはこの8人。


「H」も含め、みんな誰かしらとパーティーを組んでいたので、僕だけが一人で宿に戻ることになった。

明日のためにカメラのデータをパソコンに移したり、後はひたすら天井を眺めたりしながら気持ちを鎮めることに専念した。

当日は爺さんの後を写真を撮りながらついていけばいいだけだと、出来るだけ楽観的に考えるようにした。

気持ちが昂ぶって眠れないので宿の屋上に行ったけど、そこでは宿の従業員ではないパキスタン人が3人固まって座り、煙草をくゆらせていた。


彼らはどんな会話をしていたのだろうか?

彼らは普段どんな仕事をしているのだろうか?

日々の楽しみはどんなものがあるのだろうか?

どんなことに怒り、どんなことに心を痛めるのだろうか?


帰り際見上げた空には一つ、白光する球体だけが浮かんでいた。


満月だった。

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